翠苑の姫たちへ

        *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
         789女子高生設定をお借りしました。
 

       



 相も変わらぬ古狸っぷりよと、その余裕錫々な現れ方へと久蔵が頬ふくらませ。逆に七郎次は、微妙なお顔を隠し切れずとなっており。だって、彼女は今回の騒動の全容、五郎兵衛さん経由の平八から聞いた身だ。昨日、佐伯さんが送ってくれたのを、勘兵衛様には内緒にというよな言いようになったのは確かじゃあるが、それにしたって…実はこんな裏事情があったってこと、勘兵衛からは何も言ってもらってないし、朝のうちに送ったメールへも結局返事はないままで。

  だのに、だのに……。

 何かしら含みのありそな、小意地の悪い笑いようをし、余裕で立ち塞がった勘兵衛を見て。運転席にいた初老の男はぐうの音も出ぬまま項垂れてしまい。すぐさま到着したパトカーからわらわらっと降りて来た、そちらは窃盗担当の捜査二課の刑事さんたちだろう、背広姿の面々へ引っ立てられての大人しく曳かれてゆき。何事かと周囲に集まりかかってた人垣から少女らを匿うように、颯爽と歩み寄って来てのやっとの間近、その温みを感じられるほど近づいてくださった勇姿を見て、七郎次ちゃんが思ったことはといえば、


 “よかった、お元気そうでいらっしゃるvv”

  ………言ってなさい。
(苦笑)


 それはさておき。ボックスカーが二進も三進も行かなくなるようにという細工をしたのは、警部補に同行していた佐伯刑事だったそうで。彼らもまた、彼らの捜査を進めての末に、男らの行動を張り込んでいてあの場へ辿り着いたらしく。

 「勘兵衛様が専従してらした捜査の犯人一味だったと?」

 危険な尾行者だったのを、選りにも選って 逆にとっちめてやろうだなんて。何て危ないことを企みますかという説教をしちゃると。そういう目的あってのこと、現場から警視庁までを連れて来たはずなお嬢さんたちだったのに。興味津々、エビで鯛が釣れちゃったとでも言いたげなお顔になってのわくわくとしており。開口一番、そんな風に訊くものだから、

 「……まあ、結果としてはそうなったというか。」

 目串を刺してマークしていた顔触れが、彼女らへと魔手を延ばしてた連中と同一だったいう点に限っては、確かに偶然によることと言えなくもない一致だが、単純にそうと片付け切れない、微妙に違うところもあるということか。捜査上の機密や何や、何もかもを話すわけにもいかない立場だということもあって、複雑なお顔をして見せたお髭の警部補殿だったのへ、

 「五月祭に使ったティアラと関係があるのでしょ?」

 だって わたしたちを限定して狙ったなんて、しかもあんな写真を頼りにして、なんて。そうとしか思えないものと、名探偵風ににんまり笑って指摘した平八へ、

 「でもでも、あのティアラは学園のものだよ?
  あたしらだってあの日のほんの数時間しか触ってないもの。」

 虹宮堂さんて、ウチのそういうアイテムのメンテを全部担当してたくらいで、そのっくらいは知ってたはずじゃない?と、これは七郎次が平八へ訊いていて。

 「もしかしてあれって贋作だったとか?」
 「あ、それってありそう。」

 本物はとっくに売り飛ばしてましたとか? ところがサナエ叔母様の写真があまりに沢山あちこちへ出回りそうだからって焦ったのよ。卒業生のお姉様がたの目に止まったら、あっと言う間にばれるかもしれない。素人探偵さんたちが自分らで持ち出した推理を巡って盛り上がったものの、

 「…それだとティアラに用がある話にならないか?」
 「う……。」

 口数が少ない分、なかなか鋭くも手厳しい一言を落としたのが久蔵であり。う〜ん、じゃあなんでだろーと。各々で考えようモードに入りかかった美少女たちへと…あらためて、

 「………あー、七郎次。先月差し入れしてくれたマドレーヌがあっただろう。」
 「え? ……あ、ええと、はい。///////」

 何も今ここでそんな話を持ち出さなくたってと、たちまち真っ赤になった金髪の白百合様だったが、話をこんがらがせるというよな意図からから、いきなりな話を割り込ませた勘兵衛ではなかったらしく。ごつりと大きな手で顎のお髭を撫でながら、警部補殿が付け足したのが、

 「あれのうちの1個にな、それは堅いザラメがついていたのだが。」
 「ザラメ?」

 まずは意味が分からなかったらしい七郎次の斜め後方から、久蔵がぼそりと“粒の大きい結晶砂糖”と囁いてやり、

 「……あ、ああ。あれ? でも、そんなの使ってませんよ?」

 納得がいったらしいその次は、思い当たりがないとのキョトンというお顔をして見せた愛しい少女へ、

 「うむ。歯が欠けそうなほどのザラメなぞ、
  ここいら近辺の食料品店では扱っちゃあおらぬ。」
 「欠けたんですかっ!」

 欠けとらんというに…と。血相変えてお膝に乗り上げて来たそのまま“お口を開けて”と詰め寄る年下のカノ女へ、警部補殿が…さすがに人目をはばかってか、そこまでの渋い落ち着きようは何処へやら、慌てふためきながら背後へ大きくのけ反って見せ。佐伯さんは佐伯さんで…必死で歯を食いしばると、爆笑せぬよう腹を押さえておいでだったりし。はいはい、判ったから話を戻して。

 「つまり。」

 五月祭のセレモニでかぶった折りにでも、髪か服へかへと転げて移り、そのままどこかへ引っ掛かっての、知らぬままお持ち帰りしてしまったダイアの欠片が、丁度あの頃に焼いておったマドレーヌの材料の中へと紛れた…ということかと。

 「じゃあ、それを探していて、触った生徒であるあたしらを狙ったと?」

 そりゃあまあ、メンテナンスを担当しておいでだから、石が足りないと気がつけば、補充も要るだろうし原因だって確かめたくもなりましょうが。

 「あんな…襲い掛かるような荒っぽいやり方で探さなくとも。」

 学校に連絡して、疑う訳じゃあない、どこかへ引っかけてはいませんか、あるいは落ちたのを覚えちゃいませんか…と聞けばいいのに?と。憤慨する七郎次なのを、

 「……。(頷、頷)」

 久蔵は全くだと同意の態でいて、そして…さすがにそこは天然さが彼女らほどじゃあない平八だけが、ありゃまあというお顔になっており。そんな彼女らを、微笑ましいなぁと眺めていた佐伯さんが、勘兵衛へと目配せをしてから皆の前へ1冊のファイルを広げて差し上げて。

 「最初から、正規の石としてティアラについてたブツじゃあないんだ。」
 「はい?」

 そこには、様々な宝飾品の写真がビニールのポケットへと収められていて。デコなんてもんじゃない、ベルト全部が上質のメレダイアで埋まっているピアジェの時計とか。ネクタイピンとかコンパクトという、身近なアクセサリもありゃあ、金ぴかな女神の像とか、白い肌がつやつやな、大理石らしいアポロ像とか、美術品ぽいものもあり。

 「こういうものそのものを捌くのは、
  手配だってされているから、すぐにも後を辿られてしまうが。
  じゃあバラしてしまえばって思うよな奴らもいてな。」

 宝石の類いなんぞは、相場があってないよなもんだし、後ろ暗いというのもバレバレだろうから、相手に随分と買い叩かれるがそれも仕方がないと。そうやって盗んだ端からちまちまと売り飛ばしてた連中だったんだが、そんな奴らの手へどういう冗談か転がり込んだのが、途轍もない代物だった。

 「そこで、やっぱりすぐには捌けないからって、
  出入りしている学校の備品へ忍ばせたらしいのさ。」

 「あ……。」

 『いい隠し場所だったんだ。
  ほとぼり冷めたら取り出して、故買屋に売り飛ばしてよ。
  学校の父兄ん中にもお得意さんはいるんだぜ?
  盗品って薄々気づいててそんでも欲しいって手合いがよ。』

 脳裏へと蘇ったのは、賊の一人の言い放ったやけっぱちな捨て台詞。その意味が現状へ重なり、やっとのこと、事情が通じたらしい七郎次が…水色の瞳を軽く見開き、唖然としているのを確認してから、

 「そう。ただのメレダイヤじゃあない。
  奴らが必死で取り戻したがってたのは、それは特殊なダイヤでな。」

 勘兵衛が、尚もという説明を続けてやる。それ自体を覗いても眺めてもどこといって違いなぞ判りはしない。ただ、用意された台座の定位置に乗せて光を当てると、そこから吸い込まれた光がどう作用してのことか、クリスタルの文字盤へ、ローマ数字を反射させる。そんな仕掛け時計に使われた、奇跡のダイヤでね。こんな小さいから、ガラス玉とか、値打ちの低いものと誤魔化せるが、手配を知ってる人には通じまい。せめてほとぼりが冷めるまでと、バラして隠していたのだろ。しかも、絶対に誰の手も届かない場所へとね。

 「まさかまさか女学園の金庫にあるなんて、一体誰が思うかね。」
 「あ…。」

 イベントのあるごとにや年度末、宝飾品や時計などなどへのメンテナンスを一手に引き受けている身なのをいいことに、それらの中へ盗品をこっそりと隠していたようでね。つい先刻、あちこちを一斉捜査したところ、講堂の大きな置き時計から指輪や宝石が見つかってもいるとか。そんな説明へ、ハッとし顔を上げたのが、

 「この大きさ、いやさ 小ささでこの細工ってことは。」
 「ヘイさん、心当たりがあるの?」
 「とある国家の皇帝が、
  費用を惜しまずという大盤振る舞いにて作らせた逸品、じゃないんですか?」

 仕掛けものへは相変わらずに関心があるらしい元工兵さんの鋭さを、愛おしむように笑い返した壮年殿、それはあっさり 是と頷いてやり、

 「ああ。公けにはされてないが、
  本家のロシア皇帝のそれにも劣らぬ贅沢品。
  某国の秘宝にあたる“インペリアルエッグ”の一部だよ。」






     ◇◇◇



 ロシア皇帝が王妃へ誕生日のたびに贈った“インペリアルエッグ”とは、鶏の玉子…の殻へ、ある年は現今で言うところの“デコ”を宝石や金銀へ財貨を惜しまずという豪華さで施し、またある年は繊細な細工を忍ばせて、からくり人形が現れるようにしと。夢と奇跡の具現化したもの、その当時の皇帝の財力と人望の豊かさがそのまま詰まっているような、それはそれは貴重な宝物としても有名な、かつてのロシア帝国の栄光を映す秘宝のことであり。それを模して、某王国の前王が亡くなる何年か前に第3王妃のためにと作らせたものが、今回、こちらでお騒がせをしたブツだったそうで。紛失したことが公けになっては、警備の者らのクビが飛ぶだけじゃあ収まらぬ。王室の私物じゃあない、国家の財産にも等しい秘宝だってのに、一体どういう管理をしておるかと、国民からの非難だって集中しかねずで。どうやら現王の愛人の手を経てのこと、日本へ流出したらしいという一報を受けてからのこっち、そりゃあもうもう気を遣ってた一大事だったってのにまあ。

 『実行犯がこうまでお間抜けな連中だったとは。』

 呆れたように、愉快愉快と笑っておいでだった勘兵衛殿だったけれど。

 『気を遣ってたってのは、上の人たちだけに違いない。』

 だって佐伯さんがまたもや笑いをこらえていたしと、平八としてはそんなことをば観察しており。そしてそして、

 「確かに、あの髭面へ怪しい輩の一件を報せたのは俺だがな。」

 それはあくまでも市民の義務で、何でお前がその後をフォローするかのように、少年探偵団ごっこを手掛けているかな、と。微妙に お怒りより諦念の方が色濃いお顔になって、今は家庭教師の榊せんせえこと兵庫殿が、生徒である久蔵お嬢様へと一応の叱責を授けておれば、

 「………手が、震えた。」
 「なに?」

 机の縁にピアノを弾くかのように両の手を広げ、ぽつりと呟いた久蔵であり。白い横顔は相変わらずに淡々としていたものの、

 「………。」

 広げかけていた教科書を、だが、一拍おいてカバンへと戻した兵庫が、んんんっという咳払いをする。こっちを向きなという合図のようなものであり、素直にお顔を上げた久蔵へ、

 “………何て顔、してやがる。”

 何てお顔か、あらためての見定めはなかなか難しいだろうほど。日頃の真顔との違いは微妙なそれだったけれど。兵庫には、それが…途方に暮れているときの顔だと重々判るらしくって。

  何が、気になるんだ?

  ………。

  手が震えるって、今日、同じ相手の後ろ頭を掴んでやったのだろうが。

  ……。(頷)

  そん時は平気だったのか?

  ……。(頷)

 だから。久蔵にも判らない。昨日、いきなり手を掴まれた折に、何でだろうか振り払ってしまったのはどうしてなのか。相手を捕まえようとしていたはずで、掴みかかられたくらいで動じるなんて本末転倒もいいところ。体格では勝てずとも、島田ほどに練達じゃあないのなら、角材一本でだって仕留めてやれたのにと、いささか物騒なことまで想いが及んだそんな紅バラ様だったのへ、


 「あのな? それはそれでいいんだよ。」

 「???」


 兵庫せんせえの静かな、低められた静かなお声が久蔵の耳へと届く。


  「見ず知らずの男に手ぇ掴まれて、
   何ともないような蓮っ葉な娘へ育てた覚えはない。」

  「あ……。/////////」


 教科書をしまったその代わり、卓の上へと出しっ放しになっていたフォトブックを手に取った兵庫は、夏服姿のまま、風になぶられる金の綿毛を手で押さえる少女や、打って変わって、スクエアにカットされた襟元が、細い首やら大きく開いてのあらわにされた胸元の白い肌なぞを際立たせている、ローマ神話のトーガ風、純白の衣装をまとった紅眸の少女を、和んだ眼差しで見やっておいで。どのページでも、若いがゆえの瑞々しさと、そりゃあ気品に満ちた玲瓏透徹な麗しさをたたえた自慢の和子が、もうすっかりと一人前の令嬢としての存在感さえ漂わせ、新緑の中で微笑っておいで。

 「…再会果たしたのは、お前が八つの頃だぞ、覚えているか?」
 「…………。(…………頷)」

 前世での初対面がそこまで小さかった訳じゃあなかったが、それでも同じ顔だってのは一目で知れた。女の子だってのは衝撃だったが、同一人物だってのを感じ取れたそっちへはあんまり驚きはなくて。

 「どうせ覚えちゃいないのだろうしと思うとな、
  むしろずんと気が楽になってしまったもんだ。」

 やはり口数が少なくて、だが昔ほど 人の話も聞かずの遠くをばかり見ている子ではなく。ご両親や彼女自身への検診などで家までを訪のえば、廊下の角や部屋の戸口などからこそりと、こっちを伺い見ているほどに関心を持ってくれてもおり。そんな可愛げに心ほだされていつつも、生活習慣を正す役回りもきちんとこなし、ずっとずっと見守って来た愛し子だもの。


 「少しでも大人になって欲しかったがな。
  こうしてそれを実感すると、さすがに微妙に寂しいかな。」

 「………………………………………………………???」


 うっかりと、娘の成長が複雑だとばかりの心境、しみじみと呟いてしまった兵庫さんだったが。それが何を意味するか、そしてそうだったなら………暢気に構えてちゃあいけないんだってばと、頼もしいお友達二人が代理のように焦ってくれたのは、やっぱり後日の話であったのだった。
(ちょん)






    〜Fine〜  10.06.22.〜06.24.


  *全日本の命運が決まるまで、あと ン時間って時に、
   一体 何を書いていたやらですね。
(笑)
   そっちへの動揺も多少はあったか、
   それとも尺を無理から詰め過ぎたのか、
   少々雑なところも多々ありますので、
   後日に加筆しまくりかも知れませぬ。(とほほん)

  *今回の主役は、判りにくいかも知れませんが久蔵殿でして。
   兵庫さんはどうやら、
   自分の娘か妹みたいな対象だと思ってるらしいというのが判明。
   前途はなかなかに多難なようです、ウチの兵久は。

めーるふぉーむvv ご感想はこちらvv

メルフォへのレスもこちらにvv


戻る